さて4日ぶりに出勤して1日仕事をした。そしたらのどが痛いよ…。
ううう、痛みとともに、自分ののどはけっこうお仕事をしているのだなあと認識した次第です。…他所様に誇れるような仕事っぷりかどうかというのは関係ないけどね(自虐)!
さて、そんな隙間時間に本を1冊…というか逃避的に本を1冊読んだのでご紹介。2008年に読了した本23冊目、米澤穂信:著「さよなら妖精」創元推理文庫:刊。
…なんかがっつり重かった〜。ストーリーの表層は、ふとしたことで知り合った外国人の女の子マーヤと楽しい日々を過ごし、帰郷した彼女の住む町を記憶と記録を頼りに推理する…というだけの「日常的な謎」ミステリーなんだけど。
マーヤの国はユーゴスラヴィア。当時6つの国からなる社会主義連邦国家。作中の時間1991年から1992年にかけてで、そのころ起こったユーゴスラヴィア紛争により国は解体し、2003年には消滅している。
いろいろな国を訪問して、人との交流から学ぶ彼女と、主人公たち4人の高校生の交流。紛争が始まり、故国に帰っていった彼女を案じ、彼女の故郷はユーゴの中のどの国にあるのかを主人公は推理する…。
ユーゴスラヴィア、という国の悲劇性もそうなんだけど、主人公が(恋愛とかそういう見地からでは決してなく)彼女についてユーゴに行きたい、というその辺の思い込み(というか若さゆえの陶酔?)のアイタタっぷりがもー、なんというか辛いわ…。
前半の異国から来たゆえのマーヤちゃんの興味に引きずられて「なんで?どーして?」と謎に満ちた日常しているところがとても幸福な出会いとして描かれているだけに、後半の展開は重いし悲壮感漂ってるんだけど、彼女と主人公を対で見ていると、「幸福(裕福?)で無力で空虚な今時のニホンジン」を突きつけられているようでぐさぐさきました。
主人公もそうなんだけど、マーヤちゃんにかかわった男女4人とも、基本的に友達思いの善人ぞろいだとは思うんだけど、なんかこー、引っかかるものを感じてしまうのはなぜだ。
…ってこれ、もしかしたら無力で空虚な自分の仕事っぷりが意識されたからですか?うむむ。
多分、前半では異国の目を通したときに見えてくる日常の謎を、後半では既に取り返せなくなっている幸福な日々のはかない美しさと現実の残酷さの対比をしみじみと味わうべき物語なんだろうなあ。
今はもうない異国=異界の中に幻のように消えていった少女の物語…として読むのが多分一番美しいんだろう(だから「妖精」なんだと思われますが)。読み手のリアルを主人公ら学生グループのメンバーに投影するとその美しさが(投影されたものに比例して)減じるんだとおもいます(そこは作者の計算外であって、あくまで物語の美しい構築をしたんだとは思うんだけどね)。
なんだか自分が汚れてます宣言したような希ガス… orz
…も…もっと誇りをもって日々生きてる人はぜひ…(←敗北宣言?)


