2007年11月29日

米澤穂信「愚者のエンドロール」




 今日は午後休とって帰ってきたけど、仕事らしい仕事もしないでだらだら中。正しくお休みと言えば言えるんだけど、明日になって首がきゅっと…きゅっと… orz
 で、半分とろとろしながら読んだ本の紹介。今年読了した本58冊目、米澤穂信:著「愚者のエンドロール」角川文庫:刊。昨日読んだ「氷菓」の続編です。

 「氷菓」は春に主人公・折木奉太郎は古典部に入部して会誌「氷菓」をつくることになったのですが(そのいきさつとして古典部の過去の英雄の事件にせまるわけなんだけど)、今回の「愚者のエンドロール」はその会誌の原稿を執筆している期間=夏休み後半のお話。でもメインエピソードは会誌のほうにはなくて、シナリオが中途半端なまま頓挫した上級生の自主制作ミステリー映画の結末を推理するお話。
 探偵…といっても、実際の事件ではないので、途中まで撮影されたビデオ映画を見ながら、視聴者という視点から推理するわけなんだけど、その探偵役が映画作りの面々から3名、そして奉太郎くんの計4名。まずは3名の推理を順に聞いて彼らの推理を棄却し、その後探偵役に抜擢されて推理を完成させ、失われたシナリオに反映させる…というお話の流れ。

 ミステリー成分は相変わらずやや弱めだし、推理といってもどうも存在しない解答を探しているようでちょっともたつき感があるかなあ。なんといっても「シナリオを作った経験のない高校2年生がクラスの自主制作のためにひねり出したシナリオ」が途中で切れているわけなんだから、破綻してても不思議じゃない。ただ、ストーリーの結末(および犯人)を推理する過程で、ストーリー内の状況だけではなく、映画作りのための小道具なんかをストーリー外の物的証拠として扱うことができる、という点が推理の枠を広げてて面白いかも。
 そして、映画の中の世界で起こった殺人事件の犯人を、映画を作る側である外側の世界の学生たちが推理・検証して、さらにそれを小説世界の外側から読者である我々が推理・検証する、というメタ構造になっているのがちょっと興味深い。

 また、古典部4人組なんだけど、奉太郎君の推理についてほかの3人が寄せた感想に「ああ、こいつらつるんでるけどけっこうなあなあじゃないんだなあ」と思って嬉しかった、かな。

 そして読みながら「なんで倒れた脚本家に直接聞かないのよ」という素朴な疑問がぐるぐるしてたわけですが…ああ、なるほど、意味があったのか…。映画ストーリーの結末をさぐるために出された推理がやや稚拙であることと、素朴な疑問がかみ合ったときに、ある意味納得できる感じまで構造が見えてくるように計算されてます。

 そんなわけで、昨日と同じく「ビューティフル・ドリーマー」症候群患者は読んで損なし。プッシュ。

 未読の人にはわからない戯言追記。
 作中、古典部の面々をタロットカードになぞらえるシーンがちょっと印象的。「力」に「正義」に「魔術師」に「愚者」ですか…。
 そして周りの人間を手駒にしてしまう「女帝」万歳。
 その「女帝」すら操作しちゃってるねーちゃん、アンタ超能力者通り越して神ですよ!
posted by NOIRA at 22:21| Comment(2) | TrackBack(0) | ブックレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ビューティフルドリーマー症候群かあ。

そんなこと言われると読みたくなるなー、二冊とも。

そして、未読だが、タロットカードの「力」に「正義」に「魔術師」に「愚者」に「女帝」と聞いて、思わず某異世界冒険少女漫画ちっくアニメを連想して動画共有サイトを検索した馬鹿がここにおります orz
Posted by F2 at 2007年11月30日 12:45
F2さん、ビューティフルドリーマー症候群はお互いサマーw

ミステリ的には詰めが甘い(それも計算なんだろうけど)ところをどう評価するかが好みの分かれ目のような気がします。
その辺は本も薄いし差し引いてごらん下されw
Posted by NOIRA at 2007年11月30日 22:10
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